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詳しくないけど音楽やグルメ話も好き。
仕事以外の趣味に情熱を注ぐ傾向アリ。
5月の白石市民まつりがなかったので、一年ぶり、もちろん震災後初めての白石ですが
話に聞いていたけどこれはまぁ…
ちょっと見づらいかもしれませんが
白壁に見事な亀裂。あっちこっちにビシィッ!と入ってます。
これは文化財でもなんでもないから修復費は市だか管理下の自腹だそうで。
過去に地震の影響で城が崩れたとか聞いた事はありましたが、
その様子をこの目で見る事ができるとは…
今年のお祭りは催し物が色々ありまして、先ずは出初式でよく見るやつ。
命綱なしで行うところは全国でも少ないそうです。
ヒヤヒヤしながら見てました。見ごたえあった!
東日本武将隊サミットだったらしく、武将隊の皆様が集結してました。
こういうのやるとは知らなくて、思いがけず色々見られました。
地元白石片倉隊
このぐだぐだ感が何とも言えないww
留守さんがアジア圏にいそうなおばちゃんみたい。
佐助が正式に仲間入りしました。
置賜愛の武将隊
会社の営業さんの影響で「おいたま」って読んじゃうんだ…(間違ってはいないらしい)
声優の森川智之さんご登場
演舞口上をCDにして持ってきて下さいました。
台詞言ってる時はいっせいにシーンとなったのが何ともwww
わかんない地元のおじちゃんおばちゃんたちは何だろうと思った事でしょう。
もりもり♪
ゆるきゃら達でマルモリダンス♪
中の人頑張った!(中に人など居ない!)
カワイーのvvむすび丸がおにぎりにぎってごま塩かけちゃうんだze!
メインの合戦
そんなに前じゃなかったんですがとっても近かったように思えました。
写真右側の方達がギリギリまで寄ってくれてガチンコ勝負を繰り広げてました。
すんごい見ごたえあった!
こういうところはやっぱそこそこ恰幅の良い中年男性がやると見栄えしますね。迫真の演技でした。
元々新体操やってる人達がやってるっぽいので、動きが綺麗。
佐助もたぶんそう。
バク転で退場しろと政宗様からのご命令も難なくこなしちゃう
そんな佐助が好きです。
佐助メインで来ました実は。
一芸持ってるっていいじゃない!
道明寺合戦の後は武将隊サミット後半で、仙台の伊達武将隊と忍城の成田さんと甲斐姫のところでした。
疲れたのかあまり写真が無いという…
伊達武将隊の新しい支倉常長は六右衛門というよりファセクラ・・・というよりマンショとしか浮かばないなぁとずっと思ってます。ミゲルじゃない。マンショだ。
成田さんとこ
シブメンがいらっしゃった。
武将演舞を色々見られたのですが、それぞれカラーがあって面白かったです。
成田さんとこはムードメーカーいつつ、ジャズっぽい曲にのせての演舞で面白かった。
また一同に会することお待ちしております!
夕方までガッツリおまつりだったので、うーめんは食べそびれました。
閉まってる時間&レンタサイクル返さないといけない時間…
惜しい!
タイミングは逃さずに!
このつばさすごいと思ったのは、各座席にコンセントがあった事。
ビジネス用にいいですね!
若い方は携帯充電しながらいじってました。
突発だったので、何処に行こうかなぁ、企画が違うからまた博物館にでも行こうかと迷いましたが、冬には行けないであろう前田慶次関連に決定。
レンタサイクルを利用しました。
この土地は車か自転車じゃないと移動がムズカシイかと。
前回の米沢探訪時、見事にお休みだったところ…リベンジ!
慶次所用「伝」の甲冑が展示されてありました。ここのメイン。
景勝さまの甲冑も展示してありました。
展示点数は少ないかなという印象。
別館では原哲夫氏の花の慶次リトグラフが置いてありました。
壁にかかっているのではなく、棚みたいなところに立てかけてあり、ちょっと見づらいかも…。
でも、手にとって見られるような距離なのでじっくり見られます。
原画も良かったんですが、その中に展示なのか普通においてあったのか、笠と蓑に興味深々でした。
冬、雪の時とか使うのかと勝手に想像。
宮坂考古館があるところは昔こういう町名だったそうです。
何で写真撮ったか忘れました…なんか印象深かった内容だったと思いマス。
慶次ののぼりがたってます。
宮坂考古館から自転車で15分くらい。
余談ですが、紫外線というのは疲労と関係するのかもしれません。
この堂森近くに来た時点でなんだか疲れが…
日差しがとにかくキビシかったです。
気温はそんなに高くなかったんですが。
「告」の書き主が慶次。お寺さん遊びすぎです。
10月3日に兜?を披露という内容。
大きなたらいに蓮がいっぱいありました。すごく立派だったので思わずパシャリ。
結構古いお寺でした。
観光客はちらほら。思ったよりこちらにブームは来ていない模様。
大河に出たらまた影響が違うかもしれません。
他に観光客がいなかったので、中にいらっしゃったお坊さんに聞いてみました。
こちらは善光寺という名前がついてますが…から、市内に長野善光寺から持ち出されたと伝わっている秘仏がありますが、どちらが本当?という内容で核心ズバリ。
お坊さん曰く
「そう伝わっているからそうなんでしょうね」
終始曖昧。まあ、そう…答えるしかないでしょうね…。
オトナの事情とか色々あるんだと察知して散策に戻りました。
ここには「見返り阿弥陀像」というちょっと珍しい阿弥陀さまがいます。
京都の禅林寺の見返り阿弥陀の方が有名かも。
こちらの阿弥陀様は、益王姫という人がこの阿弥陀像を背負って逃げている途中、追っ手に追いつかれそうになったときに阿弥陀様が振り返って追ってをにらんで追い払ったという伝説があるそうです。
調べてみたら、見返り阿弥陀というのは、極楽浄土に導く際に、ちゃんとついてきているかどうか見るために振り返っている様子、ともいわれているそうです。
すごく面倒見のいい阿弥陀様!という印象。
鐘楼が古くて、でもすごく大きくて立派だったので。
慶次が力比べだかで、試しに持ち上げたといわれる石。
でかい。
死後、輪廻先を決める十王が祭られているところ。
比較的新しいなと思ったら平成になってからなんかの節目で作られた模様。
ずっと人が居たので人いないバージョンでの撮影は断念…
人がいましたが、手は合わせてきました。
お墓がいっぱいあって、志駄義秀の墓がどれだかわかりませんでした。
斜面のどっかにあるらしいのですが。
他に、慶次が晩年過ごしたを言われる無苦庵跡、慶次清水、月見平跡…と、色々史跡がありますが、今日はここで終了。
なんか…疲れた…
この疲れはお昼食べてないからかも、米沢と言ったら!と、駅前のラーメン屋さんへ。
前食べた米沢ラーメンがおいしかったので。
ふらりと入ったラーメンやさんのおじさんが
「なんでも作るよ」
と、言ってくれたので、だめもとで
「冷やしラーメンってありますか?」(メニューにない)
通常のより50円アップになるが、と聞かれましたが作ってくれるなら!と。
冷やしらーめん~

氷が入ってるんです。
そして、その氷がとけてもつゆが薄くならないように
あらかじめラーメンのスープが濃い目なんです。
おじさんステキー!
そうめんとも冷やしうどんとも違う、ラーメン。
冷たいラーメン、これは夏に欲しくなる一品です。
あぶらが違うのか、表面にチャーシューのあぶらが固まらないのが不思議でした。
締めはとってもおいしい旅でした

後日、ここに来た事を後輩に目撃されていた事が判明。ギャ。
キャンドルナイト瑞鳳殿にまっしぐら状態だったんで、バス停に誰が居たかなんて気づきませんで…
2.3年くらい前にも一度来ましたが、改めて。
すっごい幻想的~v
伊達家家紋竹に雀の雀は「阿吽」になってると、山形だったか米沢で仕入れた知識を早速披露。
デジカメ感度が悪いので暗いのですが、吹流しがきれい。
瑞鳳殿前のキャンドルも綺麗。
丁度座るところがあるので、じっくり見る事ができます。
もちろん資料館も見てきました。
伊達家三代の廟発掘調査のビデオというかDVDが流れてました。
多分内容は変わらず。
前来た時は液晶テレビだったかなァとどうでもいいことに疑問を持つ。
資料館の展示はたまに入れ替えになるらしいのですが、今回は七夕にあわせてか、
政宗公の詠んだ和歌が展示されておりました。(直筆にあらず)
10首くらい展示してあったのですが、結構ロマンチストさんなカンジでした。
酒飲んでても良い歌を詠んだらしいので、才はあったようです。
田舎武将に意外にも教養が!秀吉びっくり! な内容で説明書きされてました。
失礼な事このうえない。
中央に居たって才の無い人は無いだろうに…。
二代目と三代目の廟がある所に行こうとすると、ちょっとした広場になっていて、
篠笛とか何かのコンサートをやっているようでした。
逆方向へ向かう人が何だか…
サンドウィッチマンの伊達さんに似てる。
二度見してしまうほどに。
え?えぇ~?ってな具合。
一緒に行った人も同じだったそうで、本人かと思った…と。
すっごい似てたんですよ!仙台だし、居てもおかしくないと思う脳。
すっごい似てた!(二度言う)
人が居ないなーと思ったら、最終のバスが出てしまっていた。ぎゃふん。
それすら知らずに売店でちょっとお買い物をしましたが、店員さん嫌な顔せずに対応してくれました。
更に、秋にもライトアップはあるけど、キャンドルナイトは夏だけ、という情報まで。
今日来て良かった~。キャンドルは本当に綺麗でした。
売店でみつけた、むすび丸のハンコを買おうか買うまいか本気で悩んでました。
駅前で見た事なかったんで…
おじいちゃんおばあちゃんと写真撮ってもらって帰りますー
と、思ったらおばさんがたまたま寄って、
「これ美味しいからもって帰りな!」
見たことある日本酒。
「すず音」
これ地元の酒蔵のやつなので、むしろこちらの方からしたら珍しいのでどうぞ~とおすすめしておきました。
というか。
田舎のおばあちゃん達なので食べ物等をいっぱいもらったんです。
ほしかったけどさすがに朝採りトマトはつぶれそうだったので遠慮しました。
「そうかい…」
と悲しいかんじのおばあちゃん、ごめんなさい!だってつぶす方が残念でさ!
昨日おじさんが買い込んでくれた
・生しらす
・生さくらえび(禁漁期間があるので今しか食べられない)
・宇都宮やきそば
諸々…が、すでに重い;
さらにかぼちゃが半分あるもんだからいっぱいいっぱいで。
今度来る時はひとまわり大きいキャリーケースできますわ!
普段入れないバスタオルとかドライヤーとか入ってるもんだから…
上田駅にある真田幸村像となんだかかぶる。
荷物も多いので東京はスルーで直帰。
お疲れさまでした。
一カ所行きたいところがあったので、それ目当てでしたが、叔父が車で一日つきあってくれるとの言葉に甘えてここぞとばかりにあちこちと。
先ずは久能山東照宮。
徳川家康のお墓があるところです。大河の紀行で見て初めて存在知りました。
日本平からロープウェーで向かうルートと、山の麓から登っていくルートとありますが、今回は前者で。
おいちゃんが歩きたくないと言うので。(そりゃそうだ)
いつだかの天皇だったか、えらい人が書いた文字だそうです。
徳川の葵紋がすごいなぁと思わずぱしゃり。これけっこうあちこちにありました。
手づから植えたとかそういうやつだったような(曖昧)
遊んでて瓶に入った子供のために高価な瓶を割って助けました、子供というのは何者にも代え難い高価なものですよという教訓らしい。
こういう物語っぽいの、東照宮にもあったような気がします。「見ざる~」なんかも似たようなものですね。
お墓へ。このつくり、高野山の徳川家墓に似てるような…
この灯籠ってお墓のドまんなかにあって、眠っている人に失礼じゃないんですかと近くに居た(団体の説明を終えたらしい)宮司さんらしき人を捕まえて聞いてみました。
この灯籠のあるところがお墓への道ですよという道しるべのようなものなので、失礼にはあたらず、置いてあるんだそうです。へえ!
日光の東照宮は御霊を奉っているところ、ここはお墓、という位置づけだそうで。
じゃあ格が上というか、実際の遺骸があるのはこちらなのだから、こっちにお参りするべきじゃないんですかねと疑問。
観光客が居るとは言え、日光東照宮の人の多さとは比べものにならないくらいまったりしたところでした。
いや、こういう方がむしろいいんですが…あんまり人がいない方がゆっくりしやすいので。
側に神社の分社みたいなのがありました。
芸事の神様という点と、保食神がまつられている珍しさと併せて手をあわせました。
改修したばかりだそうで、本殿等あちこちきれいでした。
残念だったのは、お守り売り場に居た巫女さんがおそらく内線みたいな電話でずっと話し続けてた事…
やっと接客したかと思いきや離れるなりまた電話してるし…お守りにありがたみがまったく無くなるんですけど!!内容も聞こえてた。恋愛相談ならよそでやっていただきたい。
目の前にありがたい家康公がいるのだから彼におねがいしてはいかがなものか。
二階にわけて展示してあります。
甲冑とか書物とか色々。
展示量が多いわけではないのですが、見応えありました。
しかしながら、おじさんがこういう歴史モノ全く興味ないので
「15分くらいで十分か」
全然足りないよ!!
しかし今日は連れて行ってもらっているので強くは言えず…
ぱっと見て面白そうなものを集中的に見てました。
輿をモチーフにしたペイントでした。
もう一つは姫が乗る用の駕籠だそうです。こっちは葵紋。
(自分的)補足。
現在は「日本平」かつては「大和平」と言われていた土地。
大和武尊が関係かも。
聞いたことないカタカナの柑橘で、今時期しかとれない珍しいものだったので。みかんじゃない。
甘酸っぱくて美味しかったです。(でも肝心の名前が)
創立記念日でお休みという事もあり、行ってきました米沢。
平日なのでフリー切符が使えませんでしたが
交通費<平日で人が少ない
人ごみ嫌やねん…なまじブームでツアーも多いし。
米沢駅到着。
牛がいました。
近くで工事の方が「人気だな~」と言ってました。騒ぎすぎてすんません。牛に。
首もとに、穴が開いていたのですが、スピーカーの穴に似てたので「モー」とか音が出そうな・・・
更に
米沢限定版かもしれない。
「慶次にに会える街、直江に会える街」って書いてあります。
駅前にレンタサイクルがあったのでここで借りる事に。
以前歩いた道を自転車こいでみるとまァ快適。あっという間に着きます。
レンタサイクル万歳!オススメ!
先ずは上杉神社へ。
ツアーの人が多いです。平日なので年輩の方々が。
鷹山公を奉る松岬神社も側に。
神社、今回は開いてる!(4/19のリベンジ)
側に宝物殿のような建物、稽照殿。
そんなに広くはないのですが、展示物はかなり見ごたえがありました。
入り口すぐにあった「七星剣」に食いつく。謙信公由来の剣。
金色の干支の模様等綺麗でした。
展示は上杉軍が使った軍旗や、鎧が主に。
の、昇り龍!
大河天地人では武田早雲氏が書いてますが、何でだろう。
風林火山の時はそのまんまだったのに。
上杉鷹山縁のものもありました。
直江兼続の愛の前立兜もありました。
思ったより人は群がっていなかったような。
兼続が使用していた兜がもう一つあるのですが、どこかに貸し出し中でした。
写真見ると…何か、野球のバットみたいな…
書状もいくつかありまして、豊臣五大老の署名(名前だけ)とか。
昔は一番最後に書く人が一番偉い位置なのだと説明書きがあり、ほうほう、と。
上杉謙信から景勝(喜平次)へのいろは見本もありました。
書いてある内容が簡単なものなので、時期的に喜平次が幼い頃のものではないかという説明付き。
9メートル版があると聞いたのですが、ここには展示してありませんでした。
見たかった…!謙信公の甥っ子溺愛っぷりが伺える9メートル。
信長公から謙信公へ送られたというビロードのマントがここにあると何かで見たのですが、
残念ながら展示してませんでした。写真のみ。
信長公好みのちょっとハデなカンジのマントだったような。
入り口(出口)に物販がありました。
事前に兼続の詠んだ漢詩集があると聞いていたので気になっていて、ぱらぱらっと見たのですが
後でまとめて買おう(伝国の杜にて)と思っていたら、結果、ここでしか売ってない事が判明。
パラ見したら訳もあってわかりやすそうだった…。
上杉に推されてひっそりと。(でも比較的新しい)
十数年前の大河「独眼龍政宗」時、生誕地で、激動青春時代は米沢が長いのにプッシュが足りなかったのか仙台にもっていかれたようで。
戦争で亡くなった方の碑
城跡地の神社と、広い場所があると大体英霊碑等おいてあるところが多いですね。
同じ敷地にあった
春日山にあった謙信公のお堂を移築した跡、だそうです。
碑しかたってません。
こっちから上るべきでした。
上杉伯爵邸跡
近くにあったので寄ってみましたが、食事しないと中に入れず、庭等見られない模様。
お昼にしては若干気合い入れていかないといけないようなお値段だったので華麗にスルー。
今日のお昼予算は米沢ラーメン並ですからして。
不況の折り給与カットもされてるから兼続並に質素倹約がモットーです。
伝国の杜・上杉博物館。
すんごいでかい。そして新しい。
工場の跡地なので広いのだそうです。(現地の人曰く)
入ってすぐに何故か能舞台がありました。
移動式で広がるらしい。
この天地人博は期間ごとに展示テーマが変わります。
その中で「兼続と政宗」というテーマが気になってそれを狙ったハズなのに
「重鎮・景勝のもとで」
!?
期を間違えた…!
チェックしたはずなのに、私の「平日休みあるよ!」の方が勝ってすっかり何がテーマなのか調べるのおろそかにしてた模様…
「兼続と政宗」は6月と覚えていたので、その曖昧さもあったのかも…
ですが、この勘違いが意外な功を奏しました。テーマ展示の所で後ほど。
「天地人博」なので、先ずは大河ドラマの出演者パネルやサインが飾ってありました。
南魚沼で見たのとすごくかぶる!というかほぼ一緒かも。
ここで妻夫木さんと北村さんのトークショーが行われた時の写真なんかもありました。
この時、人がすごかったらしいですね…。
目当てのテーマ展示では書状や掛け軸、屏風がありました。
信長から贈られたという洛中洛外図屏風が展示されておりました。
これも貸し出し期間があるのか、展示期間が決められてます。
側の説明書きに、
「大河ドラマで描かれた部分はありません」 という内容。
国宝に手を加えるアレンジはどうかと…あれ鵜呑みにする人多いと思う…(鵜呑みにしかけた人がここに)
この洛中洛外図の側に、こんな説明紙がありました。
照らし合わせるとわかりやすいです。
「松永弾正」家を見つけ、近くに「三好」家もあったので、松永久秀か…?と勝手に憶測。
細川家が広いとか、そういうの見るのも楽しいかと。
京都の有名寺・山等も書かれてました。
ドラマ内では秀吉と景勝が会談をした落水(越水)の場所のパネルがありましたが、ここにも
「落水で会談があった事実は見つかってない」(資料は無い?)という表記。
原作読んでないんですが、どうなんですか。
今回のテーマ展示行って良かった!と思ったのは、
景勝が天皇から役職を頂くという書状等の展示欄に
兼続が山城守役をもらったのはあくまで景勝の重臣としてであって、
他に景勝家臣の色部や荻田も貰っているので兼続だけが特別なわけではない、というような表記。
天皇から直接頂いたわけではないよ、景勝が清華成という地位まで貰ったから景勝から任命されたんだよ、という内容だったか。
その内容よりも、荻田。
雲洞庵で大ヒットだった荻田主馬長繁の事!(リストラ前)
益々気になる人物です。
違う展示テーマだったらこの名前見つけられなかったんじゃないかと思います。
テーマの目録も頂けます。
図書館蔵のものが見られるのは特別展示のありがたいところ。
古文書読めるわけじゃないんですけどね・・・読めたら面白いだろうなー。
テーマ展示室を出るとシアターがありました。
甲冑視点で、有名武将の甲冑の説明。これ案外面白かったです。15分くらい。
あんまり期待しないで入ったからかもしれません…甲冑についてわかりやすかったです。
展示ブース、後はその後の上杉家や、書状がちょこちょこっと。
主に米沢についての説明でした。
起こった事件をゴシップ紙の見出しのようなレイアウトと題名でパネルではなく立体物に印刷してある見せ方が面白かったです。
お家騒動とかその他色々。
中に、上杉家の系譜略図があったのですが、赤穂浪士で有名な吉良家と婚姻・親戚関係だった事に驚きました。
今まで鷹山公は完全に養子だと思っていましたら、上杉と吉良の血を引く遠い遠い親戚だった模様。
上杉家に来た経緯がやっと納得できました。
兼続の政策パネルがありました。
そのパネルに書いてある事を紙におこしたものがあったので、気になる項目を頂いてきました。
一枚だけ紹介。両面あります。
物販場所では色々本がありました。
こういう博物館や地元のみでしか販売していないものがある点は、貴重。
今年に入って重版・増刷がなされた「前田慶次道中記」
かの有名な漫画「花の慶次」の原案小説「一夢庵風流記」でも資料として使われたと聞いたことがあります。
すんごく気になりました!読みたい…けど買うまで…?な葛藤。
原文の複写と、現代語訳版がカバー(箱)に入っているものでした。
道中の様子が書かれているので、庶民の生活等がわかる資料としても貴重なものだそうです。
で、買ったのはこれ。
二人の簡単な年表と、活躍武勇伝、亀岡文殊奉納詩歌の会での直江兼続の漢詩、前田慶次の和歌が紹介されてます。
と、これ。思わず。
国宝上杉家文書に記載されいてる花押のメモ。会社で使えるし、これならさりげないと思ったんで。
武田晴信や足利尊氏の花押もありました。
お土産にカウントしてたのにすっかり忘れました…(結果自分の分だけ)
一通り見終わったので、伝国の杜入り口付近にあった県内パンフレットを吟味し、これからの移動確認の為近くにあったインフォメーションの地図を見ていると館の方が近くに居たので、
「自転車で線路向こうに行く事はできますか」の質問。
失礼ながら田舎における線路の東西連絡通路有無確認が必須ということは米原で経験済みなので、トラウマになってるようです。
来る時に連絡橋はあったんですが、自転車禁止と書いてあったような気がしたので。
聞いてみると、ちょっと迂回しないといけないと。
聞いてよかった…!!
しかし親切な方で、JRか、そこら付近の施設っぽい人に電話で聞いてくれました…。
ついで、館内資料にあった荻田主馬について聞いてみたり。
どんだけ気になる人なの…。
結果わからないという事でした。
でもすごく親切!ブームで人がいっぱい来るので、接客もおざなりになるのかなぁとちょっと思っていただけに。
次なる行き先は上杉廟です。
いきなり譜面渡されて初見演奏できなくて怒られました。
自分の即興性のなさにがっかり傷心。
そんな傷心抱えて、陽気な天気に誘われて、一路山形へ。
桜が見たいなぁ…
そんな理由で、新聞でちらちら見てた桜開花情報に、山形の霞城公園が満開と書いてあった事を思い出し、山形まで。
車中からだからか、わかり辛いですが…
山形駅近くでは車窓から見える霞城公園の満開桜。
速度落とすので桜をご覧下さいという内容の車内アナウンスが。
この心遣い、ローカル線ならではです。
お堀へ這うようにして咲く桜がこれまた綺麗。
で、霞城公園を散策。
霞がかかる、というところから「霞城(かじょう)」と名づけられたそうです。
満開です。ちょっと強い風が吹くと桜吹雪が。これまた素敵。
最上義光氏関連のお城なので像がありました。
…昔、ここに来た事あるわ…この像見た。
城に桜は明治以降と知ってはいても、城壁と桜って合いますね。
桜のように潔く散れ、と言われた軍国主義時代の事もあり、戦後は一時忌まれた事もあったとか。
それでも桜は綺麗。
日本人て刹那的なものが好きなのか、滅びの美学に通じるものが好きなのか。
庭内で表千家の大茶会が催されておりました。
お昼を食べていなかったので、お茶席があったら頂こう!と思っていただけにラッキー。
更にお振る舞いだったので重ねてラッキー。
カワイイ!
次から次へとひっきりなしに人がお茶を頂きに来るので接待の方々大変そうでした。
それでもすぐにお茶を頂けましたが、忙しさからか泡立てが若干足りない残念なお茶に…
自分でたてた方がおいしいかも…と思いつつも、お振る舞いなのだから寧ろ有難く頂きます(←空腹)。
隣のおばちゃんたちは文句口にしてましたが。
私が頂いたお抹茶の方が泡立てが良いのか「あらアナタの方がいいじゃない」
近くに接待の方居るから!失礼だから!
広場では講談の方でしょうか、お話をする専門の方が、関ヶ原あたりの話をしてました。
丁度大河の直江、と、最上の話。
ここは最上さんの所領だからか、若干直江敵視的口調(笑)
石田三成もあんまり良い感じではなく話してました。
地元びいきは当然ですね。
近くにある「最上義光記念館」。
最上関連は自主的に本等読んだ事がないので、付随記憶程度の知識で。
デカいバイオリンケースを担いでいた為か、受付の方とボランティアの方に声をかけられ、
2.3会話をした後、楽器を預かって頂け且つ、ボランティアの方が説明をしてくれる事に。
他にも人は居たのですが、有難い事にマンツーマン。
現在と昔の地図を重ねて、地形の事からお話を。
川の流れを変えたり、堰をあちこちに作ったりで大変そうでした。
出土品に、織部の茶碗があったのにびっくりでした。かなりのお値打ちもの。
白と黒の格子柄が一部にある変わったものでした。
直江兼続の書状がいくつかあったのですが、それに関してはあまりというかほぼスルー状態でした…
あれっ、説明してくれないのかし…ら…?
そう、ここのメインは最上義光氏、直江兼続とは一種敵対関係。
伊達政宗の書状もありました。伯父甥の間柄ですからして。
片方は「おじさん攻められなかった所うちとったぜ!」
と、血気盛んな若者らしい内容のもので。
もう片方はあまり良い内容ではないらしかったのですが、
「仙台から来られて、伊達政宗関連はある程度知ってるのでお話しますが…」と説明してくれました。
知らない方にはスルーの書状だそうです。
他には兜や、指揮棒が展示されてました。
兜は後ほど、米沢で開催中の天地人博へ貸し出されるそうです。
そういえば期間テーマによって、真田宝物館から何か貸し出される等書いてあったことを思い出しました。
最上氏が行った寺の修復等の中には羽黒山の五重の塔が紹介されてました。
見た事ある…去年社内旅行で見た所かも!?と聞いたら見事に。
そういった内容の説明は無かったんですが…と、話したところ、
そういう事を説明してくれないから、最上さんは戦だけの人と言われてしまうんですよ、と嘆かれてました。
それでやたら彼は文化人なんです、娘さんも立派な歌が詠めるし!等々。
最上氏の娘、駒姫は悲劇の姫と言われているのを知らず、聞いてみたら、
豊臣秀次の側室になるよう再三言われ、いざ行こうとしたら秀次自害までの流れに巻き込まれてしまったそうです。
側室になる前なのに謀反などできるものかと反発、助命を請うたらしいですが、結局叶わず、その他の側室と共に処断されたらしいです。
そこに、時世の句がかかってました。
本文は京都にある本物の写しですが、掛け軸っぽい地の布は駒姫が実際に着ていた着物で作られたそうです。
細かい刺繍がしてあるもので、立派なものを着られる程の家だった事が伺えます。
「最上義光」
暫く「もがみよしみつ」と読んでました…
よく間違われますと言われましたが、「よしあき」
ひらがなで「よしあき」と書かれた手紙の写真がパネルになってました。確認!
最上義光の姉が伊達政宗の母ですが、所詮は女、
家系図には「女(義姫)」かろうじて括弧書きで名前が書いてました。
女性の扱いがどんなものかよくわかります。
でも、母方でも天皇とか藤原血族だとそっちの血を強調するのをちらほら見たような見ないような。
20~30分もあれば見終わりそうな資料館ですが、ボランティアの方と質疑応答をしていた為、一時間くらい居たような気がします。
丁度団体様が来たので終了。
刀の展示もあったのですが、「こっちはまだ勉強不足で」との事だったので、波紋がどうとか素人レベルでの話しで終わりました。
とりあえず、山形から刀匠が出てるよ!というのはわかりました。
無料とは言え、展示はかなりいいものだったと思います。
時間があったらオススメ。

